健康体力研究所

石井教授のスポーツ生理学 vol.210

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筋トレにおける「オーバートレーニング」

⑴オーバートレーニングの意味とその個人差

 

筋力トレーニング(筋トレ)に関する講演でよく質問され、回答にやや苦戦する問題に「オーバートレーニング」に関するものがあります。トレーニング処方では「同じ筋群のトレーニングは1回3〜6セット、週2〜3回行うのが原則」です。この原則はそれなりの研究データに基づいてはいますが、「1回の量を少なくして毎日やってはだめなのか?」、「歳をとってきたら量や頻度を落とす方がよいのか?」、「そもそもやり過ぎはなぜいけないのか?」などと質問されると、一言では答えられません。そこで今回と次回にわたり、筋トレにおけるオーバートレーニングについて整理してみようと思います。

 

オーバートレーニングとは

オーバートレーニングとは、「トレーニングを重ねるほど、筋力や全身持久力などの体力レベルが低下してくる」ことをいいます。どちらかというと、トレーニング量の多い持久系のスポーツでよく問題になります。オーバートレーニングにおちいると、回復に時間がかかる上、回復のための休養によって練習不足になるという問題も生じるからです。そのため、オーバートレーニングの兆候を早期に発見する目的で、慢性的な疲労感・倦怠感などをモニタリングしたり、血中のストレスホルモン(コルチゾールなど)の濃度を定期的に測ったりすることも行われます。一方、筋トレでは、そこまでオーバートレーニングが深刻になることはなく、「ハードなトレーニングを続けているのに、思うように効果が上がらない。やり過ぎなのでは?」というような問題が主のようです。もちろん、これはこれで重要な問題です。反対に、「オーバートレーニングを都合のよい言い訳にして、トレーニング不足になっている」という場合も多いのではと思います。

 

「筋を壊して作り替える」という幻想

筋トレの現場でオーバートレーニングが顕著に現れない理由は2つあると思います。ひとつはトレーニングの性質によるものです。筋トレの場合、負荷強度が高いため、筋の疲労が回復していないと「前回上がった負荷が同じように上がらない」ことになります。その結果、トレーニングの質が自然に低下するという「自動補正」がすぐにはたらくと考えられます。2つめは、「筋トレは筋肉を破壊して作り替えるもの」という一般認識でしょう。これは、運動によって骨が強化される仕組みと、次に述べる「伸張性収縮による筋の微小損傷」という現象が合体してできた、ある種の幻想といえます。私の研究グループで行ってきた多数の実験からも、通常のトレーニングでは、細胞膜の機能障害のような「ミクロな損傷」は生じても、細胞の構造が壊れるというような、目に見える損傷はほとんど生じないといえます。しかし、「筋に損傷が生じる」というイメージは、オーバートレーニングを予防するという点では悪いものではないでしょう。

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筋肉を「壊す」トレーニング

実験でオーバートレーニングの「モデル」として利用できるものに、高強度のエキセントリック収縮(伸張性収縮)があります。例えば、最大筋力を発揮している最中の筋を、外部から無理矢理伸張することを20〜50回ほど繰り返すと、直後から著しい筋力低下が起こり、その回復に2週間以上かかります。2〜3日後には、血中にクレアチンキナーゼという筋線維内の酵素(筋損傷マーカー)が多量に浸出してくるため、少なくとも筋線維の細胞膜に損傷が起こっていることがわかります。したがって、このようなトレーニングを週2回の頻度で繰り返してゆくと、まさしくオーバートレーニングにおちいる可能性がありますが、それをヒトで実証することは研究倫理上難しいのが現状です。さらに、このようなトレーニングは「筋を壊すこと」が目的のようなもので、実際のトレーニングとかなり異なる点も問題です。

 

実験的に確認できたオーバートレーニング

一方、20年ほど前に私の研究室で行った長期実験で、明らかなオーバートレーニングを確認できた事例があります。その実験では、負荷を持ち上げるときに最大挙上負荷の80%(80%1RM)、負荷を下ろすときにその約1.4倍(110%1RM)の負荷がかかる電子制御式マシンを作り、8回×3セット、2回/週、を3ヶ月行いました。このような「ヘビーデューティー」タイプのトレーニングは私の好みでもありましたし、それまでの実験結果から、絶大な効果をもたらすという自信がありました。確かに、2/3ほどの被検者では、著しい筋肥大と筋力向上が起こりました。しかし、他の1/3の被検者では、真面目にトレーニングに取り組んでもらったのにもかかわらず、筋が萎縮し、筋力も低下してしまいました。この研究は、一貫した結果が得られなかったということで、論文公表に至らなかったのですが、長期的なオーバートレーニングを確認できた珍しいケースといえるでしょう。

 

オーバートレーニングにおちいりやすい「素質」がある

この実験で、一部のヒトがオーバートレーニングにおちいってしまった原因のひとつは、その15年ほど後に行った別の研究からわかりました。その研究では、最大強度の伸張性収縮を繰り返すという、「筋を壊す」タイプのトレーニングを1回行い、その後の回復過程を調べました。同時に、被検者の遺伝子を調べ、α–アクチニン3という筋タンパク質の遺伝子(ACTN3)の違い(遺伝子多型)を調べました。その結果、日本人の約30%にみられる「XX型」という遺伝子型をもつヒトは、他の遺伝子型(RR型とRX型)をもつヒトに比べ、筋力の回復速度が遅く、血中クレアチンキナーゼ濃度の上昇の程度も大きいことがわかったのです。この結果は、ハードなトレーニングへの筋の耐性に、遺伝子の違いによる個人差があることを示唆しています。「オーバートレーニングにおちいりやすい」という遺伝的素質があるともいえます。したがって、オーバートレーニングかどうかは、トレーニング内容から一概に判断できるものではなく、個人によって異なるものと考えられます。

 

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石井直方

いしい・なおかた●昭和30年
東京都生まれ/ボディビル
1981・1983年ミスター日本優勝、1982年IFBBミスターアジア優勝
現在東京大学大学院教授(運動生理学、トレーニング科学)、理学博士

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