健康体力研究所

石井教授のスポーツ生理学 vol.211

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筋トレにおける「オーバートレーニング」

⑵トレーニングの量と頻度の問題

 

前回は、筋力トレーニング(筋トレ)におけるオーバートレーニングについて、特にトレーニングの強度の観点から解説しました。今回は、トレーニングの量と頻度を中心に考えてみましょう。
私がボディビル競技の現役選手時代、すばらしい学生選手にめぐり会ったことがあります。
彼は、圧倒的なバルク(筋量)とカット(筋肉の「切れ」)で関東学生選手権を制し、その約1ヶ月後の東日本学生選手権も圧勝するものと誰もが予想していました。ところが、驚いたことに東日本学生選手権ではふた回りほど筋肉が萎んでしまっていて、3位に入るのがやっとという状態でした。おそらく「さらに筋肉のカットを増す」という目的で、より厳しい食事制限と多量のトレーニングを行った結果だと思われます。このような現象は、「仕上げ期のオーバートレーニング」とみなすことができ、程度の差こそあれ、現在の選手でもおちいる危険性があるものと思われます。

 

減量期のタンパク質の合成と分解

このようなオーバートレーニングにおちいるのは、⑴過度のカロリー摂取制限、⑵有酸素運動の組み合せ、⑶トレーニング容量(反復回数やセット数)の増加、という3つの要素が関連していると考えられます。以前ご紹介したとおり、筋のサイズは、筋線維の中のタンパク質合成とタンパク質分解のバランスで決まります。現在のところ、タンパク質合成を調節している主要な経路は「mTORシグナル伝達系」という化学反応系であると考えられています。筋トレを行うと、この反応系が活性化し、タンパク質合成が高まります。このmTORシグナル伝達系は同時に、「ユビキチン̶プロテアソーム系」というタンパク質分解系を抑制するはたらきを持ちます。したがって、mTORシグナル伝達系が活性化すると、タンパク質合成が上昇すると同時にタンパク質分解が低下し、効率よく筋線維が肥大することになります。一方、極度のカロリー摂取制限をしたり、エネルギー消費の大きな有酸素運動を行ったりすると、筋線維内グリコーゲンなどのエネルギー備蓄量が減少し、その結果アデノシン一リン酸(AMP)という代謝物が増加します。このAMPは、「AMP依存性キナーゼ」(AMPK)という酵素を活性化し、AMPKは上に述べたmTORシグナル伝達系を抑制することがわかっています。つまり、カロリー摂取制限やエネルギー消費の増大によって細胞がエネルギー不足の状態になると、タンパク質合成が抑えられ、タンパク質分解が亢進してしまいます。この仕組みは、飢餓状態への適応として理にかなったものですが、「仕上げ期」には、筋線維が同様の状態におちいる危険性があるでしょう。

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最適なトレーニング容量はあるのか?

一方、エネルギー供給に問題がない場合でも、トレーニング容量(負荷強度×反復回数×セット数)がある限界を超えるとオーバートレーニングになるのでしょうか?教科書的には、「80%1RM×8回×3セット」が標準処方とされますが、これは「確実に効果が上がる処方」であって、「最適な処方」というわけではありません。私自身、現役時代には、サンプレイの宮畑会長と共に、50kgのダンベルを用いたショルダープレスを100回×5セットという(挙上不能になったらそのまま保持して休み、100回まで粘るというもの)、狂気(きょうき)じみたトレーニングを行っていたこともあります。その効果は経験論で終わってしまいますが、私たちの研究グループでは、強度を減じて、極度に容量を増加したトレーニングの効果を調べたことがあります。同一の被検者グループに、標準(75%1RM×10回×3セット)と、低負荷強度大容量(30%1RM×限界回数×4セット)のそれぞれの処方で、ベンチプレスを週3回、6週間行ってもらったところ、大胸筋の肥大率は大容量処方の場合の方が大きいという結果となりました(Ogasawara et al., 2012)。この結果の解釈は、「低負荷強度」という条件が付いているので注意が必要ですが、「最大の効果を上げるトレーニング容量」は、一般に考えられているレベルより高めではないかと考えています。

 

頻度の問題:毎日トレーニングしてはいけないのか?

同一筋群のトレーニング頻度は、分かっているようで分かっていない問題です。一般向けの本などには、「毎日やっては逆効果」とよく書かれていますが、これには「毎日やってはいけない」と断定することで読者に安心感を与えるためという感があります。研究によるエビデンスという観点では、「週2〜3回で十分に効果が上がる」という報告は山ほどあり、「週2回と週3回ではほとんど差がない」という報告が少数あります。こうした報告と、前回に述べた「筋の微小損傷の回復に時間がかかる」という考えが合体し、「週2〜3回が最適」ということになって定着しているようです。しかし、「毎日ではオーバートレーニングになる」という報告は皆無です。競技者のレベルになれば、1%でも効果を上乗せするために、「週4日、5日ではどうなのか?」という疑問が生じて当然でしょう。以前私たちの研究グループで行った実験では、血流制限下の(加圧)トレーニングの場合、1日朝夕の2回トレーニングを毎日行うことで、著しい筋肥大が起こりました(Yasuda et al.,2005)。これはあくまでも特殊な事例ですが、工夫次第では高頻度のトレーニングが可能なことを示唆するものといえるでしょう。

 

新たな研究に期待

以上のように、筋トレにおけるオーバートレーニングは、実は十分に解明されていない問題です。近年では、「オートファジー」という新たなタンパク質分解系が、トレーニング効果に重要な役割を果たしていることも分かり、状況がさらに複雑になっています。したがって、明快な結論を得るには、トレーニングの容量や頻度をさまざまに変え、タンパク質の合成と分解がどうなるかを調べる必要があるでしょう。最近、そのための動物実験系を立ち上げたばかりですので、研究が進展した段階でもう少しはっきりしたお話しができると思います。

 

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石井直方

いしい・なおかた●昭和30年
東京都生まれ/ボディビル
1981・1983年ミスター日本優勝、1982年IFBBミスターアジア優勝
現在東京大学大学院教授(運動生理学、トレーニング科学)、理学博士

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